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モケモケの話


 ある夏の暑い日、フェイヨンという街の中央広場。重武装の男どもが整列している。
 覇気に満ちた良く通る声が、何かを告げている。木々のざわめきと昆虫の鳴き声が、俺の思考をあらぬ方向へと引き連れていく。……重要なことは事前に聞いてある、どうせ聞こえなくても困りゃしないさ。
 「…!」
 「…。以上だ。健闘を祈る。我らがフェイヨン公国に勝利を。圧政からの解放を!」
 しばらくして演説は終わった。ようやく出番というわけだ。
 俺は、モケモケ。いつの間にかこう呼ばれるようになった。あまり格好の良くない名前ので本当は嫌なのだが、こだわるのも男らしくないと諦めている。俺にとって重要なのは呼称ではなく実力なのだ。
 「よし、部隊『戦神』、集合。」
 『戦神』というのは今回の作戦での部隊名であり、そして俺が所属するギルドの名前だ。なぜか主戦力が、シーフとアコライトで占められている10人程度の少数精鋭の部隊。かくいう俺もアコライトだ。
 「作戦を確認する。今回も今まで同様、迂回経路を通り、敵補給部隊を狙う。敵の総戦力はかなりの数になるようなので、伏兵や護衛も相当の量に上るだろう。だが何も心配することはない。我々は強い。それだけだ。」
 「出発は今から1時間後。主力部隊の後ろをついていくから、そのつもりで。」


 しばらく時間があるようなので、回りの様子を眺めていた。
 ざっざっざっと規則正しい音を立てて、正規軍が出発していく。軽装の歩兵が先頭、次に弓手、そして鉄板のような鎧で身を包んだ重装歩兵…。総勢で4000余名が出撃していった。
 その後をバラバラと歩いていく人たちがいる。装備もバラバラ、職種もバラバラ、ましてや私語をしながら歩いている。そう、これが傭兵だ。俺たち『戦神』も傭兵として今回の戦いに参加している。参加も自由、不参加も自由、金銭で自分たちの武力を売り、金さえあれば毎日を無為に過ごすことも可能だ。俺はこの身分を、……気に入っている。
 ふと木陰で出陣する兵士を見守る母子に目がいった。娘はまだ幼いが相当な美人だ。この国も捨てたものじゃないな、とニヤリとほくそ笑む。色々と妄想していると、相手にも気付かれたようだ。何を言っているのか聞こえないが、とにかく元気いっぱい手を振ってくれている。どうやら戦いは支持されているようだ。

 いま、ミッドガルド王国は国を二分する内乱を鎮圧しようと躍起になっている。
 今を去ること48年前の3月3日。山岳都市フェイヨンが港町アルベルタと結託して、ミッドガルド王国に対して反旗を翻した。
 フェイヨン公国独立!
 ミッドガルド全土を震撼せしめたニュースは、ただちに首都プロンテラに住まう国王と門閥貴族の元に届けられた。即座に討伐隊が派遣されたが、フェイヨンの密林が進路を阻み、視界を遮り、兵士の足と体力を絡め取った。ミッドガルド大陸を支配下に収め、外敵の驚異に恐れなくなって久しいプロンテラ軍は、過酷な状況下での戦闘を強いられ、そして惨敗した。
 「田舎町フェイヨン」という侮りもあったのだろう。しかしそれ以上に勝敗を決定づけた原因は、住民の支持だった。フェイヨン公国独立宣言には、以下の文がある。
  −重税につぐ重税、そして今回のミッドガルド建国記念碑のための臨時徴税・労役は、我々の生活を完膚無きまでに破壊し、死に追いやることは明白である。自らを守るは、自らの力によってでしかない。−
 結局のところ、貴族階級が極めた贅に反比例して、人心は離れ、フェイヨン公国が力を得ただけだった。
 フェイヨン公国・初代大公は、それまでミッドガルド王国より任ぜられた徴税権を乱用し貯めに貯めていた私財を解放し、住民の困窮を緩和し、軍を組織した。その解放された財産は、もともとフェイヨン住民が生産したものであったが。
 二代目大公は、決して人格者ではなかった。しかし、軍備の強化には成功し、アルベルタの協力を取り付け、砂漠都市モロクとは事実上の不可侵となった。勢力範囲は安定し、橋を挟んでの島側をほぼ掌握するに至った。
 三代目は、現大公。時を追うに従って支配者としての資質に翳りが見えてくるのは、仕方のないことなのだろうか。


 俺はふと我に返る。俺が戦う理由は、そこにある高揚感と、それがお金になるからだ。それ以上でもそれ以下でもない。頭を振って無用な思考を追い払う。
 もうフェイヨンを離れて一週間になる。そろそろ主力部隊は、南橋を挟んだところに布陣し終わるころだろう。小競り合いが始まったとき、それが我々の出番だ。敵の注意が戦闘に向いているところで、北橋から渡り背後に回って補給陣地を狙うのだ。日もどっぷり暮れた月のない夜、野営陣地を引き払い、闇夜に紛れて『戦神』は移動を開始した。
 木々の合間から見える星々の輝きを道標に歩く。途中、何度か見回りが来たが、簡単にやり過ごすことができた。『戦神』は隠密行動にふさわしい部隊編成をしているが、それ以上にプロンテラの都会っ子は夜は苦手らしい。
 ……今回も楽勝だな。これで二万ゼニーだから、傭兵家業はやめられねぇ。
 闇の中から見つめる視線があることに気付いたものは、まだいなかった。

 敵の陣容や巡回コース、規模を計るのに貴重な一日を費やし、大ざっぱに把握することができた。目の前に陣地を構えているのは、第三兵站部隊。護衛は10人程度といったところだろうか。隊長から段取りの説明があり集合する。緊張というよりも、むしろこれから起こる戦いを楽しみにしている顔ぶれだ。
 「本来なら夜襲をするのがセオリーだが、今回は真っ昼間に奇襲をかける。作戦日程によれば、今日はフェイヨン側が攻勢をかけるはずだ。主力が橋に張り付いている間に、護衛を強行突破し焼き討ちを行う。正面の二、三人殺したところで火矢を放て。では部隊を分ける。」
 俺は相棒のシーフ、カシムとともに配置につき、決行の時間を待つ。視界の中に敵は三名。そのうち一名は、別の部隊が攻撃する手はずなので、実質二名を倒せばいいことになる。俺は小声で神を小馬鹿にしたような文句をつぶやく。
 「おお神よ、我らが偉大なるカシムを包み込む足枷を外し、大いなる力を発揮できるようにし申し奉れ。我らに金の加護のあらんことを。速度増加!!」
 完全に敬語が反対である。隣でカシムが苦笑する。それでも寛大な神はモケモケの力ある言葉に応え、彼らの潜在能力を引き出したようだ。
 周囲とアイコンタクトを終えた『戦神』は、一斉に切り込んだ。カシムが瞬く間に懐に入り込み、喉を狙って短剣で刺す。まず一人が絶命した。
 「敵襲!!敵襲だー!!」
 一瞬にして半数を失った護衛部隊は、恐慌に陥りながらも敵の襲来を告げる。
 ……もう遅ぇよ。
 心の中で勝利を確信した俺は、残りの一人に襲いかかる。愛用のソードメイスがうなりを上げて振り下ろされる。目の前のプロンテラ軍制式装備に身を固めた男は、小ぶりの丸い盾で辛うじて、その一撃を受け止めた。
 「さすがは正規軍。だがなっ……、ここまでだ!」
 ガツッガリッと数度、鈍い音が響き、そして、男は長剣を落とした。俺は遠慮なくソードメイスを叩きつけた。返り血を浴びながら、何度もその行為を繰り返した。もはや呼吸していないことを相棒より告げられ、我に返る。
 回りを眺めると奇襲作戦は、成功裏に終わりを告げようとしていた。陣地は燃え上がり、回りに見える人影は地面に横たわるプロンテラ軍ばかりだ。真紅に染まる土は、炎の朱を映しだし、戦闘の無惨さを物語る。

 「緊急事態、三六五。さんろくごー!」
 俺は、ハッとした。三六五は、予測外の敵襲を知らせるコードだ。カシムに頭を強く押さえつけられ、血に染まった地面を通して、プロンテラ軍と間接キスをさせられる。突如、無数の矢が水平に飛来し、そこかしこに雷撃が撃ち落とされた。
 正体を確かめようと視線を投げかけると、そこにはときの声を上げながら突撃してくる部隊が見えた。正規軍ではない。敵側の傭兵、それも補給部隊を狙うことを予測していた遊撃隊のようだ。
 「ちっ。やべーな。引くぞ。」
 カシムが悪態を付きながら、退路を探す。俺も異論はない。はるか向こうで、味方の剣を打ち合わせる音が響いてくる。敵の進軍は、予想以上に早いようだ。俺は『戦神』の掟を思い出す。
 『一.金。二.命。三.手柄。以下なし。』
 カシムも同じことを考えたのだろうか。凍り付いた顔で頷きあい、全速力で走り出した。まさか隊長たちをしんがりに、しなければ、ならないとは!
 側面からさらに伏兵が湧き出る。

 俺とカシムは、もう何時間走っただろうか。どこまでも執拗な追撃が迫ってくるのを感じる。なぜ、奇襲部隊の掃討にこんな人手を割くのだろう。一瞬の予断が、回避行動を単調にしてしまったようだ。氷の固まりが俺の左足を貫く。激痛に顔をしかめ、もんどり打って倒れ込む。
 「神さまよ、おまえのおかけでケガしちまったよ。さぁ癒しておくれ。ヒール!!」
 素早くつぶやき、傷を癒す。唱えかたが悪いのか、致命傷だったのか分からないが、ただ足が自由にうごかせるまでには治らなかった。
 「俺の悪運もこれまでか…。カシム、先に行け。俺はここで追っ手をやり過ごして、別方向から逃げる。」
 自分でも言ってて白々しかった。敵の執念を考えると、とてもじゃないが見逃してくれそうにはないのだ。
 「バーカ、何かっこつけてんだ。こーゆーのは昔からシーフの方が適任なんだ、よっ!」
 そう言ってカシムは、俺を乱暴に蹴り飛ばし、そして木々の生い茂る密林へ俺の体を追いやった。そこは急な勾配になっていて、俺は止まることを知らず転がり続ける。
 「生きろ。生きて報酬を山分けしよーぜ。十人で割るところが、二人だぜ。こんなおいしい話はねーよ!フェイヨンで待ってるから…。」
 最後の方は聞き取れなかった。次第に痛みで意識が遠のいていく…。


 目を開くと、空には夕闇が迫っていた。体を起こそうと力を込めると、激痛が走った。どうやら死んではいないようだ。顔に滴る水滴の冷たさが、心地よく感じる。小雨が降っているようだ。這いつくばりながら、近くの洞穴へ体を転がしていく。
 俺はこんなにも努力家だったのかと疑うほどの気力で、洞穴の中へ進んでいく。フェイヨンの密林は、モンスターも多く棲息する。もし、ここに…。いや考えるのはよそう。弱気はよくない。奥まったところで岩陰を見つけ、一息をつく。途端に眠気が襲ってきた。俺はケガの痛みから解放されるならばと、このまま眠気に身を任せることにした。たとえ二度と目が覚めなくとも。

 あれからどれくらい経っただろうか。とにかく俺は再び目を覚ました。同時に俺の本能が危険を告げる。かすかに足跡が聞こえた。あと十数歩で俺の潜む場所まで到達することだろう。
 「やれやれ、一難去ってまた一難か。」
 つぶやきながら腰のエモノを探す。が、いっこうに見つからない。どうやら転がっている間に落としてしまったらしい。懐から予備の武器、といってもメリケンサックだが、を取り出して両手にはめる。
 外界は、暴風雨のようだ。巨木がしなる音が、空切り音に混ざって聞こえる。爆音とともに閃光が走った。長く伸びた影が一気に俺の足下まで襲いかかる。おもわず足がすくんだ。相手も俺がいることに気付いたようだ。抜刀音がチャキっと鳴り響く。
 俺は体がある程度動くことを確認すると、先手を打って出ることにした。味方なら誤解を解けば何とかなるが、敵だった場合は為すすべがないからだ。
 「神よ、俺に力を与えよ。ブレッシング!!速度増加!!」
 立て続けに魔法を詠唱し、そして飛び出る。問答無用で躍りかかった。相手は男、それも俺の嫌いなひげ面のようだ。その嫌いな顔面めがけて左ストレート、右ストレート、また左。連続で殴打する。そして足を払い転倒させる。とにかく反撃させてはならない。俺は必死だった。
 ひげ面の男は顔をしかめながらも、体を起こす。うまく体をひねって間合いを確保された。
 ガキン。ついに剣とメリケンサックがぶつかり合った。俺の独壇場は終わった。これからが正念場になる。俺は牽制も込めて口を開いた。
 「おまえは何者だ。」
 「けっ、今さらかよ。フェイヨン公国軍のお偉様方も、こうなると形無しだな。ま、おまえの知らない誰かだよ。だがな、売られたケンカは買うぜ。」
 とにかくプロンテラ軍ではないようだ。が、生死に関わる相手なのは間違いない。しばらく睨み合いながら、隙をうかがう。相手も俺の連撃を恐れているのか、斬りかかってこない。急に体が重くなる。どうやら魔法が切れたようだ。俺は相手に悟られないよう、平常心を心がける。
 さらに待つこと数分後、男は不敵の笑みを浮かべて動いた。魔法が切れるのを待ってたとしか言いようのないタイミングだった。単純な斬撃だが、一撃が重そうに見える。俺が身につけている鎧なぞ、ひとかたまりもないだろう。俺はとにかく防御に徹した。

 「そこまでだ。戦闘をやめろ。さもなくば撃ち抜く。」
 重々しい男の怒声が響いた。
 洞穴の入り口には、二人の男が見える。一人は直刀を右手に持ち、もう一人はクロスボウを構えている。
 「剣を持った男、身なりから判断して山賊と見受けるが、違うか。奥の素手のアコライト、我がフェイヨン公国軍所属に相違ないな?直ちに戦闘行為を中止せよ、我々は無益な殺生はしない。」
 俺は、服に縫いつけていたフェイヨンの紋章に救われた。確かカシムが、俺の『戦神』入団を祝って買ってきてくれたもののはずだ。あいつは生き延びたんだろうか。
 入り口から来た男は、山賊を洞穴の外へ追い払うと、自己紹介をした。
 「私は、『鉄槌』ギルドに所属する傭兵でキールと言います。本作戦の北地区回収担当です。戦いは終わりました。あなた方の活躍もあり、双方痛み分けです。」
 「あの、カシムは、俺の部隊はどうなった?」
 「そこまではわかりません。ただ補給部隊の奇襲作戦は筒抜けだったようです。プロンテラ軍も油断できませんね。さぁ、フェイヨンに帰りましょう。」
 洞穴を出ると、すっかり雨は上がっていた。
 戦いの傷跡が散見される街道に、俺の顔から滴り落ちる水滴が、新たな生を育んでいく。

 フェイヨンの長い夏が終わろうとしていた。